(519)地方のスーパーマーケットの在り方

近隣にまたスーパーが出店した。高齢化が進み空き家の増えて来たかってのベットタウン、今更進出してきて大丈夫かと疑問に思う。それなりの勝算が有ってのことだろが、すでに沢山の同種の店の在るところであるから、どこかの店閉店に追い込まれることであろう。
都会であるから一店増えようが減ろうが住民の生活上特段の変化もなくそれはそれで、良いだろう。
しかし、ニュースを見ると佐賀県のある所では、スーパーが閉店するために近隣の代替えの商業施設がなく、日々の買い物ができない地域になってしまうということのようだ。わざわざこのスーパーがあるからと引っ越して来た人もあるとか。田舎のことで代わりは近くにないだろう。ご多分に漏れず高齢者の町だろう。住民はどうするのか。
かっては地域の商店が点在していたことであろう。しかし、大型量販店の出店のため廃業を余儀なくされ仕事と収入を失った。それぞれの商店を世襲で受け継ぐはずの子弟も都会へ転出せざるを得ず人口減に拍車がかかる。大型スーパーは顧客を独り占めし、収益は本社に集約され、地方は潤わない。働き手もスーパーであるが故に殆どがパートである。という次第で家庭も地区も得るところは少ない。
そんな中、採算が合わないからだろう撤収するという。何もかも吸い取られた挙句のもう奪うものがないからということで撤収する。住民は置きざれにされる。かっての小規模零細の商店ももうない。他のスーパーも近隣にない。住民はどうしたらいい。
地方のスーパーの存在意義は都会とは違う。それが儲からないからだけで一存で引き揚げて良いのか。地域を剥がし続けた後の決定である。こんなことが有あっていいのだろうか。その規模と影響の大きさから事後の対案など地域社会の振興についての視点を地方での出店、閉店には入れるべきであろう。地域社会の公器であることを経営者は考えるべきだ。国会の議員も考えて法的な基準規制も考えるべきだ。と思う。
今や全国制覇の大型店が全国に進出し、どこの町に行っても同じような建物や看板が並び地方の個性が消えてしまっている。何かおかしい。といつも考える。何とかならないのだろうか。

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