(517)蒲生の大楠

鹿児島姶良市蒲生の八幡神社の大楠を見物に行った。実は二度目で一度目当時はジョキングに励んでいた頃で、妻の実家から早朝多分往復30km位を走って行った。当時は境内にポツンと有るだけであったが、今は観光名所としての形が出来上がって様子が変わっていた。この大楠をはじめ社殿裏にも大きな木がニョキニョキと聳え立っていたその光景が強く印象に残っていて、今回も楽しみに思って訪ねた。
本当に大きな楠である。他では見ることもできないだろうし、一見に値する。
何百年もの間この楠は何を見て来たのであろうか。幾多の戦いや人々の生業をじっと見てきたことであろう。木と会話したいような、畏敬の気持ちやらが沸き起こる。
大昔は日本列島はこのような照葉樹に覆われていたと何かで読んだ。それが生活との係わりで落葉樹の森、即ち里山に置き換わっていったとか。また、木材としての杉や檜の森林にも変わっていたのだ。
丁度前回訪ねたころは春先で飛行機の窓からも見下ろすと阿蘇を過ぎたあたりから、山々は楠の黄色い新芽にあふれていてこれが大昔の日本の自然の姿だったのであろうと思った。

我が家の近くにも天然記念物の大ケヤキがある。春先にはフクロウがに子育てにやってくるとかで、夜近くを通るとその鳴き声が聞こえる。
次々と国中の大木は切り倒され、今は少なくなって、まだあるとすれば、鎮守の森だけではないか。その意味でも神社はありがたい。
そして、今森林は荒れ放題である。戦後多くの山が剥ぎとられ盛んに植林がなされたが、それが今や外材に押され後継者もなく放置されて見るも無残な状態を呈している。何とかならないものだろうか。山歩きで近隣の山に入る度にその殺伐とした有様に胸が痛む。何とか木材業界がまた活況を呈することにならないだろうかと良く考える。
日本国土はまだ70%が森林だとか。南九州を走ってみるとそれを実感する。だからと言ってそれを開発の名のもとに剥いで行くのではなくて、豊かな森が在るが故に日本の自然は美しい。森を木を大切の守って行きたいものだ。


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