(550) 戦禍を我々は招かないで済むのかー終戦記念日に想う

私は小学1年生(旧国民学校)の時太平洋戦争は始まり、4年生の時、終戦を迎えた。
中学生の時新憲法が発布された。私達は新憲法の前文を暗記させられた。そして、その崇高な精神に感銘し、以後この憲法に心酔していた。随分年を取ってからニューギニア戦線に将校として行っていた方から、その悲惨辛苦を聞きながら、最後にそれでも軍隊は必要だと聞かされたが、元軍人で戦禍の中で辛酸をなめた方が何故こんな言葉をと腑に落ちない気持であった。
しかし、今は思う。二度と戦禍に見舞われることはあってはならないと思っているけれども、我が国はそれをどうやって守り維持できるか。残念ながら、憲法前文に記載されている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」ができる世界情勢ではない。これは絵空事である。それどころかそれを平然と踏みにじる国家が存在する。そんななかで、平和的な話し合いで解決は不可能であり、むしろ力がなければ侵略や蹂躙される。力の背景があってこそ話合いもできる。先の先輩が述べた「人間も動物と一緒強いものが勝つ」残念ながらこれが現実だ。刃物を持って侵入してきた強盗に何の武器も対抗手段もなくて勝てるのか。
軍備無くして平和は維持できないと思う。他国に侵略しようというのではない。国を守るためにやむを得ないための軍備や危機管理体制整備が必要だ。すでに差し迫った危機が有るのにこのまま我が国は座死するのか。早急に憲法も改正して急ぎ備えねばならない。
この平和な日本を守る、国民もそんなことをあまり意識してないのでは。米国は二度と日本を立ち上がらせないように日本を骨抜きにしたかったところの憲法と思う。見事にそれが功を奏した今の日本国と民意の状態ではないか。

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