(546)lineの危ういさ

lineの普及に伴い、我々のような高々齢者に至るまでも活用するようになった。確かに便利だ。いちいち電話を掛けなくても済む。その気軽さや費用が掛からないところは他のどのような伝達手段にも勝る。
しかし、簡潔に素早く伝達できる故に危険がある。何かと言うと発信者の発信時の感情十分が伝わらないことがある。どんな心持でこの短文を発信したのか、また、受け取る側の受信時の都合や気分や気持ちもあって、発信者の本当に言いたいことが正確に相手に伝わっているか。短文であるが故に善意にも悪意にも取れる。
子供たちがlineのやり取りで誤解やいじめが生じることが取り沙汰されているが、それは必然な結果の気がする。
人との会話は顔を合わせての対話が基本であろう。顔を合わせれば表情や態度で言わんとすることが良く読み取れる。電話も声のトーンや話ぶりで分かりやすい。手紙やメールは文字で伝達するからある意味同じと言えるかもしれないが、まだ、分かりやすい。lineは長文を書くのは煩わしいし、その点前者の二つは優れている。特に手紙は自筆であり書き方などでやはり真意が伝わり易い。
lineでの孫たちとのやり取りをしてみると、いかにも短く、ぽいと返ってくる。今の子たちはlineが主要伝達手段であろうから、文章を書く技術にも作法にも乏しいというより知らないのではないか、と危惧する。文章力、会話力が貧弱になって行かないだろうか。ということは情緒もさもしくならないか。
学校での広い意味での国語の教育に力入れてもらいたい。家庭でも。

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